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東京高等裁判所 昭和39年(ツ)127号 判決

上告人 山野操こと山野美さを 外二名

被上告人 岩瀬福三

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告らの負担とする。

理由

上告理由一について

原判決は次の事実を認定している。上告人らは国税納付のため昭和二四年八月一日本件家屋を物納し、本件家屋所有権は国が取得するところとなつたが、国はこれを昭和三三年一〇月一〇日被上告人に払下げ、その所有権を被上告人に移転した。そして原審は、右物納に際し、上告人ら主張のごとき理由で国が本件家屋の敷地について賃借権を取得したうえ、払下とともにこれを被上告人に譲渡したものとし、上告人は物納の際、予め右譲渡を承諾していたものと判断していることも上告人ら主張のとおりである。土地とその地上に存する家屋とを所有する者が地上の家屋のみを納税のため国に物納する際には、特段の事情のない限り当然、原審の認定したように、将来にわたつて建物所有のための敷地利用権を国に取得させる意思をもつて納入し、国もその趣旨をもつて建物を評価し収納するものであると同時に、右建物が遠からず第三者に対して払下げられることは収納の際に予想されることであるから、納税者は国が物納財産を他に払下げ敷地利用権もともに譲渡することを予期しこれを承認しているものということができる。この場合の、右敷地利用権は賃借権と解すべきことも原判決の判示するとおりと解する。借地上に存する家屋が物納された場合と異なり、土地と地上の家屋との所有者が同一人であつて地上家屋のみが物納せられたときは、改めて国と物納者との間において敷地の賃料を協定することを要し、協定がなされないまゝに過ぎることはあり得ないことではないから、国が物納家屋の払下をなすまでの間、現実に敷地の賃料を支払つたことがなく、その期間が相当長期間にわたつたとしても、それのみで直ちに、国に敷地賃料の支払義務を負担する意思がなく、右敷地の使用関係が賃貸借ではないと認めなければならないものではない。また、上告人らは、被上告人に重大な信義則違反行為があり、上告人らはかかる場合にまで土地賃借権譲渡の承諾を擬制せられる理由はないと主張するけれども、上告人らが予め賃借権譲渡の承諾をなしたものと認められる以上、譲渡はその譲渡の時に適法に効力を生じ被上告人はこれをもつて上告人らに対抗できることは勿論であつて、上告人らの主張するようにその後被上告人に信義則違反の行為があつたとしても、賃貸借契約解除の理由となしうるは別として、賃借権譲渡の承諾の効力を左右することはできないものといわなければならない。原判決が右のごとき被上告人の背信的行為があつた事実を認めながら、譲渡の承諾があつたものと判断したとしても、なんら理由そごとはならないから、論旨は理由がない。

上告理由二について

原判決は、国が本件土地の賃借権を取得したうえこれを被上告人に譲渡し、上告人らは予め右譲渡につき承諾を与えていたとの事実を認定し、被上告人が適法に本件土地の賃借権を取得した事実を認定したものであつて、右判断の相当と認むべきことは上告理由一に対する判断において判示したところである。上告人らが所有する土地について被上告人が適法に賃借権を有する事実を認定したからといつて、違法に上告人の所有権を侵害したことにならないのはもちろんであるから、原判決には所論のごとき憲法違反の点はないことは明らかである。この点に関する論旨も理由がない。

本件上告は理由がないから民事訴訟法第四〇一条によりこれを棄却し、上告費用は同法第八九条、第九五条により上告人らの負担とし、主文のとおり判決する。

(裁判官 村松俊夫 江尻美雄一 杉山孝)

(別紙)上告理由書

原判決は判決に影響を及ぼす法令違背があり更に憲法第二十九条第一項に違反している。

一、法令違背

原判決は、被上告人岩瀬福三の本件土地に対する賃借権の取得を認め、その根拠として社会通念を挙げている。

即ち、上告人らの先代が本件土地上の建物を物納した際、「将来にわたり建物敷地の利用権をも国に取得せしめる意思を以て納入し、国もその趣旨において建物を評価し収納し」たものと解し、更に「国は右建物を第三者に払下げる目的をもつて収納し、納税者も第三者に払下げられることあるを予想して納入するもの」であるから「納税者は国が第三者に対し払下げ、敷地の利用権をも譲渡するにつき予め同意を与えているもの」と認め、而して、「敷地利用権につき国と雖も当然に対価なくして使用できるものとするいわれはないから」右敷地利用権は賃借権であると認めているのである。

上告人らは、一般論として右の如き社会通念の正当性を争うものではない。建物の物納から払下に至るまで通常の経過をたどるならば敷地利用権につき原判決の如き法理を適用するのは一応妥当なことだと解される。

しかし乍ら、本件の場合に於ては右の様な法理の原則をそのまま適用するのは誤りである。右の法理は飽くまで一応の原則であつて、特別の事情があればそれに応じて変更さるべき性質のものである。原判決は本件の特別な事情を故意に看過し、誤つた法理を適用した違法があると謂わねばならない。先づ、物納により国が本件土地についての賃借権を取得し、払下により被上告人がその譲渡を受けたと解するにつき、原判決は賃貸借の有償性を全く看過している。

物納は昭和二十四年八月であり、払下は昭和三十三年十月であるが、右の約十年に及ぶ期間、賃料についての約定もなく、仮に公定賃料があるとしても只の一回もその賃料が支払われたことがない。国(関東財務局)に於て賃料についての事務処理が行われた証拠も全くないのである。

私人間賃貸借であれば、形式的に賃貸借はあるが、賃料の催告なく、滞納の状態であると解する余地があるが、国が法に基いて許可した物納に於て、賃借権を取得しながら賃料を十年間も支払わない状態は到底考えられない。国は賃料の支払義務を負担する趣旨は全くなかつたのである。

原判決が、国は「収納時における相当の賃料の支払義務を負担する趣旨において物納を許可するものと解するのが相当である」と謂うのは全くその根拠を欠いた牽強附会の論であると謂わねばならない。

次に物納者は払下による賃借権譲渡につき予め黙示的に承諾を与えているという法理も絶対的なものではない。右の承諾がいかなる場合にも、即ち払下を受けた者がいかなる態度をとつても絶対的に確定したものと解するのは不合理である。上告人らは建物を物納したが、その敷地たる本件土地の所有権を放棄したものではないから、敷地所有権者としての一般的な又、通常程度の権能は留保されている筈である。

一般の借地権譲渡に際しては地主が之を承諾するかしないかは信義則に違反しない限り地主の自由である。本件の如き物納-払下の場合は地主に右の様な自由を認め難く、原則として右譲渡を承諾しなければならないと云う意味に於て事前に黙示的承諾があつたものと擬制的に解するのであろう。

しかし乍ら、払下を受けた者に於て地主に対する重大な信義則違反の行為があつた場合に於ても、なお且つ地主はその者の借地権取得を承認しなければならないと云うのは余りに不合理である。予めの黙示的承諾には、当然「相手方に於て信義則違反がない限り」と云う制約がついているものと解すべきである。

本件の場合、証拠上明らかで、第一審判決に於ても確定的に認定されている様に、被上告人は本件建物の払下を受けた際、上告人らが被上告人に対し本件土地について賃貸借契約締結方を申し入れたのにこれを黙殺して回答しなかつたし、のみならず本件土地についての上告人らの所有権を否認する言動に出たのである。これらはまさに上告人らに対する重大な信義則違反の行為であると謂わねばならない。

被上告人は、もともと信義則から発した黙示的承諾と云う法理を裏切り、自らその適用を拒絶したものと謂うべきである。上告人らとしては、この様な信義則違反の行為をした被上告人に対してまで承諾を与えなければならない義務はないし、この様な場合でも動かせない確定的な承諾を擬制される謂われはない。

原判決は右の点を故意に看過した違法なものである。

二、憲法違反

本項の主張は、前記(特に後段)と関連しその当然の帰結である。即ち、上告人らは本件土地についての所有権者であるから、建物敷地の所有権者として通常一般の権能は保障されなければならない。

ところが、原判決は上告人らの所有権の存在は認め乍ら、実質的にはその権能を全く否定しているのである。

即ち、土地所有者である以上、払下を受けた者が前記の如き明白な信義則違反の行為をした場合、その賃借権譲受を当然拒絶する権能があると解すべきであるのに、原判決は之を全く否定し、結果的に原告の財産権を侵害したものであると謂うべきである。

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